いやぁ仕事が忙しい毎日であります。休日は休日でゲームが忙しいのであれ?俺リア充?と錯覚しがちです。そんなわけありません。悔い改めよ。
それにしても最近この曲が好きでよく聴いてます。
♪音楽 / 弁士カンタビレオ
アーケードゲーム「pop’n music 17 THE MOVIE」の楽曲ですね。「音楽」っていう題名の音楽です。作・編曲はコナミのwacさんこと脇田潤さんですね。
この方、昔から打ち込みが驚異的に細かくて上手いんですよねぇ・・・色んな音を詰め込んでるんだけど凄く綺麗に調和させることができる人というか。で、こういう打ち込みが素晴らしい方の曲を聴いていると、
打ち込みに拘る理由って何なんだろう?とよく考えさせられます。
打ち込みもこの数年過渡期を迎えてきていて、携帯電話やDSのゲーム、あるいはカラオケのバックトラックなどのように「だってオラどうせコンピュータやし」的ないかにもMIDI的なベタ打ちか、
例えばオーケストラのコントラバスだけリアルな音源での打ち込みにするなど生演奏の代替手段として打ち込みを部分的に使う、みたいな二極化を迎えているように感じています。
僕も15年近く打ち込みをやってきましたが、正直な所、打ち込みの立場って今微妙だよなぁと思っています。確かにこの10年ほどで音源は格段に進歩して、生ピアノや生ギターそっくりの音が出せるようにはなりましたけれど、その進歩は逆にコンピュータで音楽を作らせる理由を薄れさせてしまったような気がします。
ファミコン音源はピアノを本物そっくりに鳴らすことが絶対無理だったからこそ(結果的に言えば)独自の音楽文化を構築できたわけで、ピアノのリアルな音源が発売されましたって言うとすげーなとは思うんですけど、正直つまんねぇ時代になったなぁみたいな気持ちもあります。個人的には、ピアノの音源を使って打ち込んで更にピアノっぽく聞こえるように細かい調整をするという一連の作業に対して、どうも手間暇かけてバッタもん作ってるような不毛さしか感じません。ピアノ音源を使ってる以上は生のピアノの音は超えられないわけで、それだったらピアノを直接弾いて録音したほうが早い。予算がないから打ち込みで、という後ろ向きな理由ならば実際の制作現場ではままあるようですが、ポジティヴな理由でわざわざコンピュータを使う理由はないと思うのです。
「自宅で気軽に”それっぽい”音が出せる」という観点で楽しめる人はそれはそれでいいと思うんですけど、コンピュータ音楽ならではを目指すという意味ではテクノのような未知の音を作って楽しむ方向性のほうが健全ではないかなと。僕、十万円~数十万円クラスの音源とか持ってたりしますけど、4,800円で買ったKORG DS-10とかいじってるほうが楽しいんですよね。もちろん逆に生演奏に進むって方向性もあり。まぁ僕は生演奏よりもコンピュータ音楽志向のほうが強いようで、ロック聴くよりテクノ聴いてるほうが好きなもので、今からギター始めたりとかはするつもりないですけど・・・。
そんな訳で、打ち込みの立場も難しいなーと常日頃思っているのですが、最初に取り上げたwacさんなどの音楽を聴いていると、確かに生楽器として存在する音色を使ってはいるのだけれども、積極的に生演奏のシミュレーションを目指すでもなく、純粋に音色を音色として使っているその姿勢は、個人的に非常に学ぶところがあるなと。90年代~2000年頃までの「MIDI音源の進化」の先の着地点は、こういうところにあるのかなと思います。
打ち込みに興味のない方にはさっぱりな話でスイマセン。この話、絵で言うところのアナログ派・デジタル派に近いものがあるかもしれません。今度絵描きさんとでもこういう話をしてみたいなぁ。


2 件のコメント
ソフト的にいくらリアルな音がでてもなー。
ハード的にMIDIキーボードとモノホンのピアノのタッチの差が
あるから結局ハード的にMIDIついとる良いタッチの電子ピアノを
買わざるをえない(龍子の拳)よね。リアル求めると!!
ってかリアルって何じゃ!!そこで魂がこもった音がなってれば
ファミコンでもなんでもリアルだろ!!!リーアールーー!
シブっちに良い音楽ライフを!
知り合いの漫画家に聞いたところによると、漫画に限っていえば、
デジタルが使えない人間はちょっと的な感じはあるらしいよ(何
■SZK
お手頃価格のセミウェイテッドMIDIキーボードなんか
ふにゃふにゃして気持ち悪いもんなー。
某社の鍵盤なんか「グミみたいな弾き心地」とか言われてた(笑
逆にサンプラーみたくソフトウェアでも支障のない分野は
どんどん移っていいとは思うんだけどね。
でも最終的には魂ってのはホントそうですな。
そういうのって音色やジャンルや言語を超えると思うですよ。
そういうモノ作りをしていきたいもんです。